2.非晶質膜中の分子配向 (2008-)

Molecular orientation in amorphous films

研究の内容と経緯

[総説:D. Yokoyama, J. Mater. Chem. 21, 19187-19202 (2011) 4.0MB]

有機非晶質(アモルファス)膜は、(1)ナノメートルオーダーの極めて良好な表面平滑性を有する、(2)任意の厚みで成膜できる、(3)下層を選ばず積層構造を作製できる、(4)真空蒸着により高い純度で容易に形成できるといった利点から、有機EL等の汎用的な有機光電子デバイスにおいて、欠くことのできない構成要素となっています。その一方で、有機分子の持つポテンシャルを最大限に活かすためには、分子の配向状態・凝集状態を制御する必要がありますが、真空蒸着により形成した有機非晶質膜は等方的であり、その膜中で分子は三次元的にランダムに配向しているものと長年考えられてきました。実際、有機ELの本格的な研究開始以来既に四半世紀以上が経過していますが、有機ELと分子配向とを関連付けた研究は我々が研究を行う数年前まで皆無でした。「非晶質=完全にランダム」という先入観があり、X線回折での分析も困難であることが、その原因だと考えられます。

そのような中、当時九州大学において有機EL材料に関する研究を行っていた筆者(横山)は、有機非晶質薄膜の屈折率を評価するため、企業在籍時から慣れ親しんでいた多入射角分光エリプソメトリーによる分析を始めました。エリプソメトリー分析のエキスパートであるJ. A. Woollam Japan社の方々と出会うことができたのもこの頃です。エリプソメトリー分析は、サンプルから反射した楕円偏光の特性から薄膜の光学特性をモデル化し「逆算」する手法です。解析の自由度が高く極めて強力な分析手法ではありますが、その反面、測定情報が少ない場合、解析結果の任意性という危険も孕んでいます。その欠点を補ったのが多入射角分光エリプソメトリーであり、多入射角・多波長による測定で多くの測定情報を取得し、一括解析を行うことで、任意性の低い解析が可能となります。特に多入射角による測定は光学異方性に対しても敏感です。

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当初は異方性を調べる目的で研究を行っていた訳ではなく、単に膜の屈折率を調べることが目的でした。しかし、ある細長い分子形状を持つ材料の光学定数を調べていたところ、通常の等方的なモデルではどうしても実測値を再現できず、様々なモデルをシラミ潰しに検討した結果、唯一、光学異方性を前提にしたモデルのみ一致するという結果が得られました。解析の任意性を抑えるためにさらに有機材料の膜が持つべき物理条件を束縛条件として加えましたが、それでも分析結果は同じでした。膜の光学異方性は、分子分極率および遷移双極子モーメントの異方性を意味しており、したがって分子配向の異方性を示しているという結論が導かれます。

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それでもその結果に対してはしばらく半信半疑でした。しかし、あるとき異方性を考慮した屈折率楕円体の式を用いて端面発光の理論計算を行ってみたところ、実験値と計算値が驚くほど完璧なまでの一致を示し、細長い形状の分子が基板に対して水平に配向する確証を得ることができました。さらにこのとき、
 - 有機EL材料の多くが配向している可能性が高い(分子配向の一般性
 - 電荷輸送材料の配向は、デバイスの電荷輸送特性の向上につながる
 - 発光分子の配向は、デバイスの光取り出し効率の向上につながる
と予想し、大きな研究テーマになるという確信を得ました。「非晶質=完全にランダム」という周囲の先入観のため、当時研究室にも賛同者がおらず、多くの反対意見を塗り替えることにも労力を割くこととなりましたが、上記の予想を実証すべくJ. A. Woollam Japan社との共同研究を立ち上げ、様々な材料について非晶質膜中の分子配向を調べる長期的な研究がスタートしました。過去にもフルオレン系材料の非晶質膜の光学異方性を多入射角分光エリプソメトリーによって分析した研究例はありましたが、特定の材料に限定されていました。そのため分子配向の一般化と有機ELデバイス応用については全く未開拓の状態で、目の前に大きな展望を拓くことができました。

まずは分子長依存性に注目し、似た骨格で分子長が異なる材料を準備・合成しました。評価の結果、分子長と異方性との明確な相関を示すことに成功しています。また、企業の方にご提供いただいた各種正孔・電子輸送材料についても評価を行いました。多くの材料について系統的な評価を進めた結果、分子形状そのものに異方性が大きい場合、その非晶質膜の光学異方性・配向異方性も大きいという一般性の高い結論を得るに至っています。
D. Yokoyama et al., Org. Electron. 10, 127-137 (2009)
D. Yokoyama et al., Appl. Phys. Lett. 93, 173302 (2008)

relation

さらにこのとき既に、有機ELデバイス応用(電荷輸送特性・光取り出し効率の向上)を視野に入れていましたので、以下の2つについても検証しました。
 - 様々な下層の上での配向
 - ホスト/ゲスト膜中のドーパント発光分子の配向
有機デバイスを構成する場合、様々な下層が想定されますし、特に有機ELの発光層の多くでは発光分子はホスト膜中にドープされていますので、光取り出し効率を向上させるためにはドーパント発光分子の配向が重要になります。分析の結果、非晶質膜内の分子配向が下層の影響を受けにくいこと、そして等方的なホスト膜中のドーパント分子も配向するということが分かりました。下層、混合条件といった制約が無いことは、配向性の変化を気にすることなくデバイスを設計しつつ分子配向を活用できることを示しています。このような検討を経て、さらにデバイス特性への影響について研究は進行していきました。

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